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西村一広のセーリングコラム

1954年生まれ。福岡県出身。東京商船大学(現東京海洋大学)出身。プロセーラー、ヨッティングジャーナリスト。コンパスコース社代表として、レース参加、カスタム艇建造コンサルタント、セーリングコーチなど、様々な分野で活躍する。2006年には110ftトライマラン〈〈ジェロニモ〉〉のクルーとして太平洋横断世界最短スピード記録を樹立。2007年はハワイの伝統セーリングカヌー〈〈ホクレア〉〉の日本国内航海のパイロットも務めた。
(http://www.compass-course.com)

“世界一周レースの途中‥‥
サザンオーシャンでもうひとつの“救出劇”

リタイア艇が続出している単独ノンストップ世界一周レース、ベンディーグローブで、外洋ヨットのトラブルの中でも最悪の部類に入る転覆事故が発生した。場所は南アメリカ大陸南端のホーン岬西方200海里の海域。しかし、チリ海軍と一般の貨物船が救助に向かい、最終的にレース中の僚艇がその転覆艇に乗っていたセーラーを拾い上げ、最悪の結果は免れた。

しかしその後、その僚艇もディスマストして、チリ海軍に曳航されて無事陸にたどり着いている。なんだかもう、チリ海軍の存在がなければ、このレースでの安全が確保されないかのような有様だ。30隻がスタートしたベンディーグローブだが、現在、走っているのはわずか12隻のみ。IMOCAオープン60という艇に問題があるのか、参加者のレベルが下がっているのか、レース運営サイドによる今後の真剣な検証を待ちたい。

実は、インターネット、ラジオ、テレビ、雑誌を通じて華やかにメディアに報道されているベンディーグローブとボルボ・オーシャンレースの影に完全に隠れてしまっているが、もうひとつ、別の地球一周ヨットレースが進行中なのをご存知だろうか。

そのレース名は“ポルティマン・グローバル・オーシャンレース”という。

ポルトガルのポルティマンをスタートして、ケープタウン、ニュージーランド、南アメリカ、北アメリカを経由してポルティマンに戻るコースで現在も行なわれている。

しかし、このレースには、ダブルハンド部門に4隻、シングルハンド部門に2隻が参加しているのみ。公平な目で見ると、レースというよりも、仲間うちでツーリングしながら地球を一周しているだけのように見えなくもない。この小フリートのトップ艇は、もうじき第2レグのフィニッシュ地であるニュージーランドのウエリントンに到着する。

2008年の暮れも押し詰まった12月28日、その、わずか2隻しか参加していないシングルハンド部門のうちの1隻が、マダガスカルの南東900海里の海域でメイデイ(遭難信号)を発信した。

メイデイを発信したセーラーは、オランダ人のニコ・ビューデル、69歳。

遭難信号を発した理由は、彼が乗る船齢10年のオープン40の<ハヤイ>のカンティング・キールの先端についているバルブが取れかかっており、それが取れてしまうと転覆の危機に直面する、というのだ。


photo

lvo rovia/alinghi

lvo rovia/alinghi

遭難信号を発し近くを航行中の大型貨物船に救助される<ハヤイ>と艇長のニコ・ビューデル

メイデイの緊急信号を受けた、近くを航行中の大型貨物船が現場に急行し、波高7メートルもの海況のなか、無事、ニコ・ビューデルを救出した。

<ハヤイ>は、文字通り日本語の『速い』から付けた艇名だという。キールバルブが外れそうになった原因は、海中の何かに激突したということではなかったらしい。もしそうであれば、ヨットの復元力を高め、ヨットが上下方向に正しく浮いているために非常に重要なパーツであるキール・バルブが外れてしまうことは、元々の強度不足か、座礁事故の後などの整備不良ということになる。そのような艇で世界1周レースに出ることも、それに気が付かずにその艇を選んだことも、その艇のスキッパーの責任である。

しかしこのスキッパーは、そのことを恥じてないようにも見える。

助け上げられた貨物船からの電話で、彼は「一国でも早く南アフリカのケープタウンに着いて(この貨物船はケープタウン経由でヨーロッパに向かう船だった)、飛行機でウエリントン(次のレグのスタート地)に行き、そこで適当な艇を探して購入し、第3レグから復帰したい」と、場違いなことをレースコミッティーに述べている。

“適当な艇”でまたケープホーンを回りこむ南氷洋に出て行くつもりなのだろうか? また何かトラブルが起きたら、また遭難信号を発信して救助してもらえばいい、なんて考えているのだろうか?

ベテランでも乗ることに慎重にならざるを得ないカンティング・キール艇で、しかも世界一周レースに参加してしまったこのスキッパーは、不動産で財を成し、数年前にセーリングを始めたばかりなのだという。

レース運営側は、レース・スポンサーに報いたくて一隻でも多くの参加艇が欲しいと考える。それは参加資格を緩めることに繋がりはしないだろうか?もしそうなったら、レースの厳しさに適合しない技術レベルのスキッパーや、シーマンシップが欠如したスキッパーが、自分の対応能力を上回る現代型の高性能艇に乗って、そのレースに混ざり込んでくることになる。

出場艇の3分の2近くがリタイアしてしまったベンディーグローブのレース委員会や、自分の落ち度で遭難した責任の重さを認識しないスキッパーが参加しているポルティマン・グローバル・オーシャンレースのレース委員会が、この現状から目を逸らさずに、正しい解決策を講じて、正しい方向にそれぞれのレースを発展させていくことを考えなければ遭難事故はますます増えるばかりだ。そんなことのないように、例え、世界を回るレースでも、近隣の外洋レースであっても、安全に対する心構えはしっかりと守ることを願って止まない。



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