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2026年02月24日
外山昌一オーナー、日本セーリング連盟より【功績賞】を受賞
栄光の<EBB TIDE>、その大いなる航跡を辿って
チーム<EBB TIDE>の誕生…そして、半世紀が過ぎて
永年にわたり、国内外の外洋レースで活躍し、『日本を代表する外洋レーサーとしてセーリング界を牽引』した功績を称えられ、日本セーリング連盟(JSAF)から、2026年度功績賞を授与された外山昌一オーナーは、柔和な笑顔で、<EBB TIDE>誕生の歴史を静かに語りだした。*
『学生時代はヨットにまったく縁がなかったのですよ。ヨットと出会ったのは三越に就職してからで、仕事仲間に“一緒にヨットを買わないか”と声を掛けられたのがきっかけなのです…(笑)クルーザーに乗り始めたのは1972年ですから、もう半世紀も前のことです。
当時、何人かの仲間が集まって「レブドメール」という23ftのクルーザーを購入しました。
そんな時、三越で仕事の同僚だった藤田亨君が“相模湾で面白いレースをやっているから参加してみよう…”と誘われ、当時のSSCRに参加したら、たまたま優勝してしまったのです…
藤田君は早稲田大学のヨット部出身でしたが、あとの連中は、スタートやフィニッシュがどこだかもわからない初心者揃い。それが、いきなり優勝したものだから、“これは面白い…”ということになって、あっという間に50余年が経ってしまいました…(笑)』
初代<EBB TIDE>で初レース。初陣に勝利し華々しいデビューを飾った…
チーム結成当時の仲間と、強風の中快走する<EBB TIDE Ⅱ世>…
当時、1970年代半ばの外洋ヨット界は興隆期を迎えていた。1976年には、日本で初の「Quarter Ton World」開催が決定し、外洋レース熱はいやが応にも高まっていた。1974年には<EBB TIDE>チームも、この世界選手権出場を目指して仏のG・フィノ設計の「エクメドメール」を購入しレースに没頭したが、残念ながら国内予選で敗退した。
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『当時は、みんな30代前後で若かったですから、すぐ夢中になる(笑)。Quarter Ton Worldの国内予選敗退後は、フネを少し大きめの28ft艇(横山28)に乗り替えたりしながら、ヨットレースに燃えていましたね。ところが、仲間はみんなサラリーマンですから、だんだん休みも取れなくなるし、少しづつ熱が冷めてきた頃、私も札幌に転勤になって、暫くの間、活動が停滞した時期もあったのですよ。1991年に、新艇<EBB TIDE Ⅳ世>(ヤマハ33)を進水させてから、また、ヨットレースが面白くなってレース熱が復活しました。当時のメンバーは15名程度でしたが、20代から60代まで、うまくピラミッド形式になっていて、いまも顔ぶれはほとんど変わっていません。でも、みんな、だいぶ歳をとりましたけれど、いまでも元気ですよ…(笑)』
『ヨットの魅力はチームワーク、ひとりでは遊べません…』
セイリングチーム<EBB TIDE>を率いる外山昌一(とやま まさかず)さんは、1947年(昭和22年)東京生まれの78歳。外洋レース歴50余年を誇る、いまなお現役のベテランセイラーで、古き、良き時代の伝統をいまに伝えるヨットオーナーのひとりだ。1979年には、かつて国内レースを席巻した名艇<シェスタ>をレストアし、<EBB TIDE Jr>として、ハワイの『アサヒスーパーカップ』に参戦、以後、4年間にわたってワイキキYCをベースに海外レースを楽しんできた。
始めての海外遠征、<EBB TIDE Jr>でハワイでのレースを存分に楽しんで…
特質すべきは、2007年9月よりサンフランシスコで開催された『Rolex Big Boat Series』に4年間連続で出場し、2009年、2010年の大会では、ID35というクラスで、並み居る海外の強豪を押さえて準優勝するという快挙を成し遂げて話題となった。
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『サンフランシスコのビッグボートシリーズは思い出に残るレースでした。主宰ヨットクラブのホスピタリティも素晴らしかったし、レースコンデションも抜群でした。何よりも、嬉しかったのは<EBB TIDE>はチームメンバーをオリジナルメンバーで臨んだことです。当時は、プロセイラーを集めてレースに参加する艇も多かったのですが、我々は“わいわいがやがや”と仲間同士で乗るのが愉しかったのです。
この海外遠征では、レース期間中、サンフランシスコに12日間滞在したのですが、全日程を参加するのはいつも年寄り連中ばかりで、若い連中は仕事があるからと、レースが始まる直前に来て、準備も後片付けもせずにレースだけ乗ってサッさと帰る。だから“いいよな、お前たちは…”といつも文句を言うのですが…(笑)。でも、この海外遠征の4年間に、毎回、合計7レースを闘うクルーは、チーム全員が納得のいくベストメンバーを選ぶのですが、それが、オーナーである私の役目で、そんな苦労を通じて、レースに臨む心構えと云うか、本当のオーナーシップを肌で感じることが出来ました。それに、存分にヨットライフを楽しませてもらいました。だいぶ、お金も使いましたが…(笑)』
2007年より4年連続で出場した『Rolex Big Boat Series』での<EBB TIDE>
ID35クラスで2年連続準優勝を飾って日本の外洋ヨット界に大きな足跡を残した…
いま、ヨット、人生の先輩として伝えたいこと…
全日本ミドルボート選手権で3連覇、人気のトランスサガミレースでも連続優勝するなど、国内のレガッタでも無類の強さを発揮したチーム<EBB TIDE>。その強さの秘訣はどこにあるのだろうか…。それは、半世紀にわたってチームをまとめあげてきた外山昌一オーナーの統率力、オーナーシップにあると、永年ともに戦ってきたベテランクルーたちが口を揃えて云う。
石廊崎レースでの<EBB TIDE>(左)…
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『ヨットの魅力はチームワークです。どんなときにでも仲間を信じて、みんなで力を合わせる愉しさがヨットにはあるのだと思います。じつは、僕は、ヨット以外にももうひとつ趣味がありまして、オーケストラをやっています。学生時代に、ジャズバンドでトロンボーンを吹いていたのですが、いまでも、時々、昔の仲間が集まって吹いたりしているんですよ…(笑)
例えば、オーケストラやアンサンブルでは、あまり出しゃばってもいけないし、かといって、遠慮してもいけない。つまり、オーケストラには指揮者というリーダーがいて、みんながそれに従い、音を合わせていく。そんなところはヨットも同じだと思いますね。いまの若いひとたちも、ヨットだけではなく、もうひとつぐらい趣味を持ったほうがいいよ、といつも話をするのですが…
こんなことを、うちの若いクルーたちに話をすると、呆れられるのと同時に羨ましがられます。彼らは学生時代、ヨット部でヨット漬けの毎日をおくってきた連中ですから、ヨットしか知らない。ヨットがすべてという人生も悪くないけれど、たった一度しかない人生ですから、もっと幅を持ったほうが愉しいのではないでしょうか。
みんなで力を合わせる楽しさ、それこそ、ヨットの魅力だと思いますね…』
半世紀にわたって、国内外の外洋レースで活躍してきた“栄光の外洋レーサー<EBB TIDE>”のすべてを、ここで語り尽くすのはなかなか難しい。ただ、外山昌一オーナーが受賞した功績賞の、『日本を代表する外洋レーサーとしてセーリング界を牽引』した受賞理由が、チーム<EBB TIDE>の、半世紀におよぶ栄光の歴史を物語っているようにも思えるが、いかがだろうか。(取材・文/本橋一男)
〇取材協力(写真提供)/チーム<EBB TIDE>
◆プロフィール◆
外山 昌一(とやま まさかず)1947年東京生まれ。獨協大学卒。大学卒業後三越入社。その三越でヨットと出会い、以後、オーナーとして50余年のヨット歴を有し、チーム<EBB TIDE>を率い、多くのヨットマンを育んできた。
その間、JSAF理事、三浦OSC会長、シーボニアYC理事などの要職を務め、2013年には、視覚障碍者の『ブラインドセイリング世界選手権』日本開催の実行委員長を務めるなど、ヨット界の発展に尽力し、その功績により、2026年度日本セーリング連盟より『功績賞』を受賞された。













