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連載 あるオールドソルティ―の追憶

第四回  外洋帆走の安全  武村洋一

 セーリング競技規則の第1章 基本規則の4に、「レースをすることの決定」という項がある。ごく短い文章だからそのまま記載する。

 「レースに参加するか、またはレースを続けるかについての艇の決定の責任は、その艇にのみある。」
 The responsibility for a boat’s decision to participate
 in a race or to continue racing is hers alone.


 即ち、自己責任である。何があっても自分の責任だよとは、なんだか突き放されたような印象だけれど、これは正しいのである。特に外洋レースでは、これ以外決めようがないのだ。一旦海に出てしまえば、すべての危険は自分で受けとめなけなければならない。誰のせいにもできない。なにがあっても、自力で帰港または入港しなければならない。それが、海であり、船なのである。

 海で生き残るためには、シーワージネス(Seaworthiness)と
 シーマンシップ(Seamanship)のふたつの「S」が必要なのだ。

 シーワージネスとは、どんな状況にも耐えられる、そのヨットの適航性である。そのためには、正しい思想のもとに設計され、優れた技術によって建造されたヨットでなければならない。さらに、水密性、安全備品、艤装、帆装、エンジン、燃料、電源、灯火、通信機器、航海機器、水路図誌などが良好で適切な状態であること。燃料、清水、食料などの積載量が十分であること。すなわち、常に最高の状態に整備されていることなのだ。また、クルーの個人装備についても、時化に耐えられるものでなければならない。
 シーマンシップとは、どんな状況下でもヨットを安全に確実に運航するための技術と知識である。海に出て、怖い目に遭って、艇長の判断と指示に従って学習する。その経験の積み重ねがシーマンシップを形成してゆくのだ。
 シーマンシップを身につけるためには、ロープワークから始まって、操船のスキル、気象、航海術、エンジン、電気・・・必要なことすべてについて学ばなければならない。いつの日か、自分が艇長(Skipper)として海に出た時、その経験と学習から得た技術と知識がヨットとクルーの生命を守る。だから、外洋ヨットの安全はこの二つのSがそろって、はじめて確保できるのだ。

 しかし、その前に、艇長以下乗組員全員の旺盛な気力と強固なチームワークがあって、はじめてヨットは安全に航行できるのは云うまでもない。

武村洋一 たけむらよういち

1933年神奈川県横須賀市生まれ。
旧制横須賀中学から早稲田大学高等学院、早稲田大学に進みヨット部に。
インカレ、伝統の早慶戦等で活躍し、卒業後は黎明期の外洋ヨット界に転じ、
国内外の外洋レースに数多く参加し活躍。3度のアメリカズカップ挑戦にも参画。
主な著書に「海が燃えた日」「古い旅券」。